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平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群 - コラム -

奥州藤原氏の繁栄と

平泉の黄金文化

「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」の構成資産の1つとして登録されている金鶏山(きんけいざん)、この標高98.6メートルの小山には伝説があり、奥州藤原氏・三代目・秀衡(ひでひら)が、平泉の鬼門の方向(北東)から、北上川まで人の列を作り土砂を運ばせ、富士山に似せて一晩で築いた山だと言われています。そして、 金鶏山が毛越寺(もうつうじ)の鬼門(北東)に位置していることから、平泉鎮護の為に、雌雄一対(しゆういっつい)の黄金の鶏を埋めたと伝えられており、ことから「金鶏山」と呼ばれているそうです。
平安時代末期に平泉に栄えた奥州藤原氏は、この三代目・秀衡の時代に、最高の繁栄を築いていました。

史跡金鶏山 史跡金鶏山 「史跡金鶏山」画像提供:平泉観光協会

金鶏山は、平泉の都市整備の基準となった貴重な遺構です。麓の登り口付近には源義経公妻子の墓と伝えられる五輪塔の一部と、奥州藤原氏三代の位牌、秀衡の木像などが安置されている千手堂があり、歴史的な情趣があふれています。
また、山頂から多数の甕(かめ)や壺が見つかっており、経典を埋めた経塚だったと分かっていますが、盗掘されて現在は半壊状態になってしまっており、その時の出土遺物は、東京国立博物館や毛越寺に保管されているそうです。

平泉のある岩手の県南地方や、秋田との県境の山脈には、良質な金山があったため、それが黄金文化の源となり、平泉には現在でも、中尊寺・金色堂があり当時の黄金文化を今に伝えています。マルコ・ポーロの「東方見聞録」にある、黄金の国ジパング話のモデルになった黄金の宮殿は、中尊寺・金色堂ではないかと言われています。当時の奥州は莫大な金を産出しており、それが奥州藤原氏の力の源だったのです。中尊寺を建立したのは、初代・清衡氏で、二代目・基衡が手がけていた毛越寺を完成させたのは、秀衡になります。この豊富な財源により、東北地方を治めていた奥州藤原氏は、当時の都をしのぐ都を平泉に築いたとされています。

高館義経堂 高館義経堂 「高館義経堂」画像提供:平泉観光協会

また、この平泉は、源義経ゆかりの地でもあります。義経は、二度平泉に訪れており、一度目は、幼少期・牛若丸の時代に、二度目は兄・頼朝に追われて、弁慶などと共にこの地へ逃れ、秀衡にかくまってもらっています。ところが、すぐに秀衡が病で亡くなってしまい、四代目・泰衡は、父・秀衡の遺言に背き、義経を討ち果たそうとしますが、義経は、自害して果てます。その後、泰衡は源頼朝軍により滅ぼされてしまい、奥州藤原氏の繁栄は終わりを告げました。

松尾芭蕉は「おくのほそ道」の中で、「秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。」と書き綴り、そして有名な句「夏草や兵どもが夢の跡」を詠んでいます。奥州藤原氏の繁栄の痕跡は跡形もなくなり、今はただ夏草が茂る風景が広がっている。形が残っているのは、金鶏山だけと、義経や奥州藤原氏一族が栄華を夢見た儚さを詠んだ句です。

音声ガイドでは、中尊寺や毛越寺のみどころに加え、金鶏山や芭蕉の句が読まれた高館などをご案内しています。ぜひ、アプリとブックをダウンロードしてお試し下さい。

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