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広島平和記念碑(原爆ドーム) - コラム -

原爆に負けなかった自然の力

被爆したアオギリの木

1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、広島に人類史上最初の原子爆弾が投下され、人々と共に建物や木々も焼き尽くしました。そして、「広島に75年間は草木も生えないだろう」と言われたそうですが、翌年には新芽を出した被爆したアオギリの木があります。今回は、被爆に耐えた木々のお話をご紹介します。

そのアオギリの木は、爆心地から約1.3km離れた、中区東白島町の広島逓信局(現在の日本郵政公社中国支社)の中庭にありました。爆心地から、このアオギリの間には、爆風を遮るものが無かったために、熱線と衝撃をまともに受け、枝葉はすべてなくなり、幹は爆心側の半分が焼けてえぐられてしまいました。


アオギリの木 アオギリの木 写真提供:広島県

同じ中庭にはアオギリが4本ありましたが、うち1本は完全に焼けてしまい、3本が奇跡的に助かり、翌年の春には新芽が出て息を吹き返しました。その後、3本のアオギリは、1973(昭和48)年に中国郵政局の建て替えに伴い、平和記念公園内の平和記念資料館東館の北側緑地帯へ移植されました。そのうち1本は、1996年に枯れてしまいましたが、2本は現在も生き続けており、焼けた幹を覆うように新しい幹ができて、その傷跡を包み込むように成長し続けている姿は、被爆による怪我や後遺症で苦しむ人たちに、生きる希望と力を与えています。その後も毎年、種子をつけており、その種子は、平和の尊さを伝え、平和を願う人々のために「アオギリ2世」として、日本国内のみならず海外にも配布され、各地で植樹されています。

その他にも被爆した木があります。爆心地から約2.1kmの陸軍の施設・工兵隊の兵舎があった場所で被爆した桜の木(ソメイヨシノ)がありました。その後、その工兵隊兵舎跡地に移転した女子高等学校の生徒たちが、今も接ぎ木をして育てています。その苗木は平和記念碑周辺にも植樹されています。被爆した桜は他に何本かあるそうです。ソメイヨシノの寿命は、60年から80年といわれ、当時の桜はほとんど枯れてしまった中、現在も残るこの被爆桜はとても貴重な存在です。

広島平和記念碑(原爆ドーム) 広島平和記念碑(原爆ドーム) 写真提供:広島県    

また、廃墟の中に一番始めに花が咲いたと言われる來竹桃(キョウチクトウ)は、生き残った広島市民に復興への希望と勇気を与えてくれました。そして昭和48年には、広島市の花に制定されています。

このように被爆を生き抜いた樹木や、焼け焦げた樹木から再び芽を吹いた被爆樹木が、現在でも爆心地から約半径2km以内に160本ほど残っているそうです。爆心地から一番近くで被爆したシダレ柳を音声ガイドでもご案内しています。こうした自然の治癒力と木々達の生命力には、多くの人々が力づけられました。

音声ガイドでは、世界遺産に登録されている原爆ドームの他にも広島平和記念公園内のご案内や相生橋、猿候橋などもご紹介しています。ぜひ、アプリとブックをダウンロードしてお試し下さい。

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