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法隆寺地域の仏教建造物- コラム -

法隆寺の八角円堂

夢殿に眠る謎の秘仏

法隆寺の東院伽藍の中心に立つ夢殿、聖徳太子が営んだ斑鳩宮の跡に、聖徳太子を供養するため739(天平11)年に建てられたこの八角円堂には、長年封印されてきた秘仏があり、開けると厄災が降りかかり、大地震が起きてこの世が滅ぶと言われていました。

1884(明治17)年にアメリカ人東洋美術史家のアーネスト・フェノロサと文部省職員の岡倉天心は、明治政府から文化財調査の依頼を受け、法隆寺を訪れました。彼らの最大の目的は、秘仏の調査でした。政府許可の下、災いを恐れる僧侶たちの説得し、夢殿の扉を開けたのです。そして、堂内中央の厨子の中から姿を現したのは、細身の体に穏やかな笑みを浮かべる観音菩薩立像(救世観音)だったのです。

発見された時には、数百年の厚い埃が積もっていましたが、長さ約450mの木綿でぐるぐると巻かれていたため、保存状態は極めて良好で、今もなお金色に輝いています。長い間人目に触れず過ごしてきた救世観音は、樟(くすのき)の一本彫りで、金箔が施されており、高さが約180cmもあり聖徳太子の等身大だと言われています。秘仏とされてきた、この法隆寺夢殿本尊となる救世観音は、1897年に重要文化財に指定され、1951年には国宝となりました。

7世紀から18世紀まで、各時代の仏教建築を今に伝える 7世紀から18世紀まで、各時代の仏教建築を今に伝える 写真提供:奈良県

この救世観音に見られるような少し口角を上げた微笑みをアルカイック・スマイルというそうです。元々は古代ギリシャのアルカイク美術の彫像に見られたものですが、日本の飛鳥時代の仏像にも多く見られ、同じ法隆寺の釈迦三尊像もアルカイック・スマイルを浮かべています。これは生命や幸福を演出するためのものと考えられているそうです。また、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「モナ・リザ」もアルカイック・スマイルと言われているそうです。

アーネスト・フェノロサは、ハーバード大学で政治経済を学んでいましたが、美術に関心が高く、来日後は岡倉天心と共に、東京美術学校を設立しました。そして、日本の芸術品の保護を積極的に行なっていました。このフェノロサによる夢殿の本尊・救世観音像の開扉は偉業として称えられています。 アメリカに帰国後はボストン美術館東洋部長となり、展覧会や本の執筆を通して、アメリカ国内、そして世界へと日本美術を紹介しました。1908年に訪問先のロンドンの大英博物館で心臓発作のため亡くなられ、火葬された遺灰は、フェノロサの遺志により、日本に送られ、現在は滋賀県大津市の法明院に眠っています。

観音菩薩立像(救世観音)は、毎年、春季(4月11日から5月5日)と秋季(10月22日から11月22日)の年2回行なわれる「法隆寺 夢殿秘仏開扉」で拝観できます。

音声ガイドでは、法隆寺の西院伽藍・東院伽藍・大宝蔵院、そして正岡子規の有名な句「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の歌碑など、見どころを逃さすご案内しています。ぜひ、アプリとブックをダウンロードしてお試し下さい。

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