石見銀山 コラム 石見銀山 コラム

石見銀山遺跡とその文化的景観 - コラム -

江戸時代初期に

シルバーラッシュで栄えた銀鉱山王国

2007(平成19)年7月に「石見銀山遺跡とその文化的景観」が世界文化遺産に登録されて、今年で10年になります。島根県大田市では、石見銀山世界遺産登録10周年観光キャンペーン実行委員会(http://www.o892.jp/)により、様々なイベントや観光キャンペーンが実施されています。この機会に是非、訪れてみてはいかがでしょうか?

大森町の町並み 大森町の町並み 「大森町の町並み」撮影協力:大田市観光協会

石見銀山は、19世紀のアメリカ・カリフォルニア州で起きたゴールドラッシュの様に、戦国時代から江戸時代初期の16世紀に銀を求めて全国から人々が集まり、全盛期には約20万人もの人が集まるシルバーラッシュを迎えました。坑道で働く人、経営をする人と、人が集まれば、生活に必要な物資を供給する人も集まり、この鉱山の街を作っていたと言われています。
その銀山で働く人々の暮らしを支えていたのが、コラム「銀で栄えた二つの町「大森町」と「温泉津」」でも、ご紹介している大森町です。大森の町並みは世界遺産として町全体が保護されています。

1526 (大永6)年に神谷寿貞によって開発が始められ、その後、約400年間にわたって採掘が行なわれていた石見銀山では、16世紀末から17世紀初頭の全盛期にはなんと世界の約3分の1もの大量の銀が掘り出されていたそうです。大航海時代の16世紀、海外から銀鉱山王国と言われるほどの知名度で、採掘された銀は、国内だけではなく、ポルトガルやオランダ、イギリスなどとの貿易に使われていたそうです。

シルバーラッシュが過ぎて、終戦直後に銀山は閉山となり、現在の大森町の人口は約400人だそうです。その静かな町に、世界遺産の登録時は、年間80万人以上の人々がここを訪れるようになりましたが、現在の観光客数は年間40万人と、世界遺産登録後のラッシュ時の半分になっており、ゆっくりと町並みを見ることが出来ます。

大久保間歩 大久保間歩 「大久保間歩」撮影協力:大田市観光協会

銀鉱石を採掘した坑道「間歩(まぶ)」に入ると、サザエの貝殻に油を入れて作った「螺灯(らとう)」というランプのわずかな明かりを頼りに、ノミで掘り進んで行った当時の作業風景が、今も坑道内に残るゴツゴツとした岩肌から想像できます。
採掘跡には、江戸時代と推定される縦横に走る手掘りと、明治時代に開発された機械掘りの両方の採掘跡が残っており、技術の変遷もうかがえる貴重な遺産となっています。

石見銀山で最大級の規模を誇る「大久保間歩」は、石見銀山を収めていた徳川家康により、初代奉行に任命された大久保長安の名から、大久保という間歩名になったそうです。
坑内は天井までの高さが、最も高いところで約5メートルあり、大久保長安が槍を持って馬に乗ったまま入ったという話も残っているそうです。

音声ガイドでは、世界遺産「石見銀山」の中心的構成資産である「銀山柵内」の中でも、圧倒的な迫力を持つ清水谷製錬所跡を含め、大森町や温泉津など、石見銀山の構成資産の数々をご案内しています。ぜひ、アプリとブックをダウンロードしてお試し下さい。

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