日光の社寺 コラム 日光の社寺 コラム

日光の社寺 - コラム -

特 集
徳川家ゆかりの地

2度目の「日光東照宮」はこう歩く!

世界遺産「日光の社寺」は、「日光東照宮」「日光山輪王寺」「日光二荒山神社」の建造物とその境内地などからなっています。今回は、誰もが一度は訪れた経験があるでしょう「日光東照宮」のお話しから。

徳川家と「日光東照宮」

五重塔 五重塔
「五重塔」初層の軒下には十二支の彫刻が。東側正面に並ぶのは徳川三代の干支(寅・卯・辰)
徳川家康公を御祭神としてお祀りする「日光東照宮」は、元和3(1617)年、徳川二代将軍の秀忠公により創建されました。現在見ることができる社殿群のほとんどは、寛永11~13(1634~1636)年に三代将軍の家光公が執り行った「寛永の大造替(だいぞうたい)」の際に建て替えられたもの。境内には国宝8棟、重要文化財34棟を含む、55棟の建造物が並んでいます。
「寛永の大造替」では全国各地から名工たちが集められ、その意匠が凝らされた豪華絢爛な建造物は、今なお神々しい美しさを放ち、多くの人を魅了し続けているのです。

日光に「東照宮」が鎮座する理由

御宝塔 御宝塔
色艶やかな建造物が立ち並ぶエリアから、長い階段を歩いて約10分。奥宮(おくみや)には、家康公の遺骸を安置した御宝塔が佇む。
著名な寺社仏閣の多くが京都や奈良周辺に建立されているのに、なぜ「東照宮」は日光にあるのでしょうか。
その第一の理由は、徳川家康公の遺言によるものです。
「自分が死んだあとは、まず久能山(静岡県)におさめ、神として祀ること。葬式は増上寺(東京都)で行うこと。三河の大樹寺(愛知県岡崎市・家康公先祖の菩提寺)に位牌を立てること。一周忌を過ぎたならば日光山に小さな堂を立てて勧請すること。
そして関東八州の鎮守となろう」と、家康公は生前言葉を遺したそうです。そこで遺言に従って久能山から改葬。家康公は「東照大権現」として神格化され、「日光東照宮」の御祭神となりました。

家康公薨去400年「四百年式年大祭」

神輿舎(しんよしゃ) 神輿舎(しんよしゃ)
家康公、豊臣秀吉公、源頼朝卿の3基の御神輿が納められた神輿舎(しんよしゃ)。天井に描かれるのは「天女舞楽の図」
徳川家康公を御祭神としてお祀りしてから400年を迎えた平成27(2015)年は、50年ぶりに式年祭が斎行された節目の年。
50年に一度の祭りが行われ、御神威が最も高まるとされる今この時期にこそ、ぜひ「日光東照宮」を訪れたいもの。5月には例大祭が行われたほか、今からでも間に合う祭事、イベントも多数あります。
また、式年大祭の中心となるのは、遥か昔の時代から御社殿の大規模修理なのだそうで、平成19(2007)年からは「平成の大修理」がスタート。
公式ホームページに寄せられた宮司挨拶には、こんな一節があります。
「造営当時のままの鮮やかなる極彩色を維持するには最低でも40年サイクルの修理を必要としており、存在するかぎり修理はエンドレス。創建以来連綿と続く当宮の歴史は、ある意味〝修理の歴史〟でもあるのです」

2度目の「日光東照宮」の歩き方

「陽明門」内部の壁画。 「陽明門」内部の壁画。
「陽明門」内部の壁画。200年以上の時を経て姿を見せた、貴重な壁画を見ることができるのは今だけの特権。
自然の地形を生かした境内に、美の意匠たる社殿群が威風堂々と立ち並ぶ「日光東照宮」。
参拝の際には、歴史的背景、そして漆や極彩色が施された社殿や数多くの彫刻などが、それぞれ信仰形態や学問、思想を表していることを知っておくと、随分と見方が変わるはず。
例えば、御神馬をつなぐ厩だった「神厩舎(しんきゅうしゃ)」は、「見ざる、言わざる、聞かざる」の彫刻が有名ですが、実はこの「三猿」は、八面にわたる人生絵巻の一部。また、現在修復工事中の「陽明門」は、その全容を見ることはできないものの、内部の壁画を期間限定で公開中。
「平成の大修理」の真っ只中の今しか見ることができない貴重な場所もあるのです。
撮影/海老名進 取材・文/立花奈緒(ブレーンシップ)
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