富岡製糸場 コラム 富岡製糸場 コラム

富岡製糸場と絹産業遺産群 - コラム -

色鮮やかな錦絵に残る

富岡製糸場と工女たちの姿

明治政府の手によって日本で初めての官営模範製糸工場として建てられ、115年間にわたり生糸を作り続けた富岡製糸場は、日本近代産業の先駆的な存在であり、製糸業に大きな貢献をしました。さらに、生糸の輸出で世界の絹文化に影響を与えたことにより、2014年6月に「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界遺産に登録されました。初期の建物郡は、国宝・重要文化財にもなっています。

富岡製糸場 首長館(ブリュナ館) 富岡製糸場 首長館(ブリュナ館) 「富岡製糸場 首長館(ブリュナ館)」画像提供:富岡市

ポール・ブリュナを初めとするフランス人技術者によって建てられた工場は、瓦葺(かわらぶき)の屋根に、木骨(もっこつ)レンガ造りと、当時の日本とフランスの建築技術の粋を集めた、とてもモダンな建物でした。そして、全国から工女が集められ、その技術を学び、多くは指導者として地元の工場で活躍しました。さて、そんな富岡製糸場の錦絵をご覧になったことはありでしょうか?色鮮やかな浮世絵に描かれた、製糸工場内部で働く工女の絵は、当時の華やかな工女の姿を描き出しています。

富岡製糸場見学券にも描かれている「上州富岡製糸場」は、開業時の姿を描いたものです。当時の文明開化の象徴である近代設備を描いた錦絵は、時代の先端情報を知らせる広報媒体としても人気がありました。またこの絵は、航空写真のように斜め上から建物全体を描いており、このようなに見える場所は無いことから、想像で絵を描きあげたと思われます。

最先端工場である富岡製糸場の器械製糸技術を各地に宣伝する事を目的として描かれた、この華やかな錦絵に見せられて、工女として富岡製糸場にやってきた彼女たちは、どのような生活をしていたのでしょうか?

工場が完成した明治5年6月に、全国から工女を募集しても応募者がありませんでした。それは、フランス人の技術者が、赤ワインを飲むのを見て「生き血を吸われる」と噂が広まったためと言われています。やがて、初代の工場長を勤めた尾高惇忠の娘である尾高ゆうが第1号の工女として働き始めたことにより、全国から十代の若い少女たちが続々と集まり始めます。少女たちの中には、技術を学びにやってきた士族の娘(旧藩主など格式高い家柄のお嬢さん)が多かったそうです。

富岡製糸場 寄宿舎 富岡製糸場 寄宿舎 「富岡製糸場 寄宿舎」画像提供:富岡市

しかも、富岡製糸場は、フランス式の労働環境を取り入れ、女性が働く環境としては、とても先進的でした。労働時間は1日8時間未満、日曜日はお休みで、夏休みや冬休みも10日ずつあったそうです。その上、寄宿舎も完備されているので、宿泊・食事はタダです、これは、当時の日本では考えられない好条件だったそうです。工女たちは、下積みから始め、技量によって「三等工女」、「二等工女」、「一等工女」と等級が認定されるシステムでした。赤い襷(タスキ)と高草履をはいた一等工女は、街中でも憧れの存在だったそうです。

工場内の購買所には、フランス製の色々な商品が売られていたようです。また、彼女たちは、休日にはお洒落をして街に出かけ、馴染みの呉服店では月払いで着物を買ったりしていたそうです。もともと士族の娘が多く、裕福であったこともあり、よく働いて休日も楽しんでいたようです。そして、技術を習得した彼女たちは、「富岡乙女」と呼ばれ、それぞれの出身地へ戻った後には、器械製糸の指導者として活躍されたそうです。

音声ガイドでは、富岡製糸場のみどころに加え、おなじく構成資産となっている田島弥平旧宅や荒船風穴をご案内しています。ぜひ、アプリとブックをダウンロードしてお試し下さい。

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